万華六花 奇妙譚  (お侍 習作131)

       〜 お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 


        3


 麗しい看板娘には、素性不明の崇拝者が言い寄ってもいて。こんな新興の土地だけに、羽振りの良いのに限って どこで何して太った輩かは判ったもんじゃあないのは誰しもに言えること。そこでとの用心、どんなに名のある分限者であっても、一人にだけとあまり深くは関わらず、どのお方とも公平にというお付き合いを通していたが。そんな中に、いやに強引執拗なお人があって。当の本人はなかなか姿を現さぬまま、その使いだという無頼の輩、いかにもな乱暴者らが、それでも言上だけという大人しさと、重たげな金子の袋とを持参して、館まで来いと再三の招きを寄越していたが、

 『何ぶんにもまだまだネンネのおぼこでございますれば、
  満足に愛想も振れず、ご主人様からの不興を買うのが関の山かと。』

 芸ほど大胆な娘じゃあない、お追従さえ知らぬ山出しですきに、お呼ばれいたしても座を白けさせてのご迷惑をかけるのがオチと。父である座長が何とか言い訳し、そのような使いも何とか追い返しておったのだけれど、

 『そうかそうか、そうまで嫌うか。』

 さすがに、嫌がられての敬遠というのは伝わったらしく。それでも腹いせとばかりに大きに暴れたりはせぬその代わり。最後に来やったご使者の言うには、

 『大人しゅう言うことを聞いておったが身のためぞ?』

 何でもここらには、見目よい娘を攫っては売り飛ばす、そりゃあ残忍な野伏せりが徘徊しておるとの噂。こちら様には美形の若いのが多いからの、片っ端から攫われてしもうては、興行も成り立たなくなろうにと。脅しとも取れそうなお言いようを不気味に言い残し、静かに帰っていったのだけれども。もしやまさか、その謎のお大尽というのが、乱暴さで有名な野伏せりに関わる存在だったとでもいうのだろうか。一応は筋を通しての交渉を構えてやったのに、そんな自分の意のままにならぬなら、もう遠慮は要らぬとばかり、一気に力任せの強引な手立てを打って来たということか?





 一応の城塞で囲まれてはいた街ではあったが、外敵への感応装置やそれへ連動する兵器が備わっていた訳じゃあなし。単なる壁のようなもの、鋼筒の浮遊力で軽々越えられる程度の代物であり。ただ、だからと言って力づくの強襲を大胆にも仕掛けておれば、それにて一気に相手の怒りを買ってしまい、町を警護する筋の連中に負われることともなろうし、外の地区から応援を呼ばれては、どれほど勇名悪名鳴らした顔触れであれ、多勢に無勢でさすがに歯が立たない結果となろう。そこでとこれまでもあまりに派手な騒ぎは起こさず、せいぜい此処の周辺での追いはぎ止まり、街そのものへはちょっかいを出さずにいた彼らでもあって。それがこたびは、何かしらの魂胆あっての作戦だろか。派手も派手、きっと数年ほどは語り継がれるだろうほどの強引大胆な強襲を仕掛けて来たその上、街で評判の美少女を掻っ攫いもしたわけで。しかもこれは単なる序幕、この少女を人質に、これから更なる揺さぶりを仕掛けてやらんとばかりの、何とも卑怯な言いようをしていた連中で。選りにも選って、最も非力な存在を攫われたことが答えたか、言いなりになるしかないと断じたらしく。追っ手の影は、街を出ても依然として無いままであり。岩屋や荒野がその先へと続く、古い幹線道を疾風のような速さのまんま、ただただひた走っていた一行だったが、

 【 ……。】

 先頭にいた甲足軽という機巧躯が、薪のような箱を頬にあてている。だが、そのままうんともすんとも言わぬものだから、それをこそ怪訝と感じたらしく、同じ仕様の黒づくめの存在が、
【 いかがしたか。】
 そうと声を掛けており。それへと応じたミミズク、
【 打ち合わせたところへ、あやつらが来ておらぬ。】
 端的な応じを返し、見よと前方へお顔をしゃくって見せるのみ。彼らの、遠くまでを見通せる“眸”で見やったところ、言われた先には成程 何処にも誰の姿もなくて。万が一にも追っ手があれば、自分たちの正体への疑惑を曖昧にする煙幕代わり、こちらと同じほどの陣営が待ち受けていて、そんな連中を引き受けての何処ぞかへまで適当に連れ出して撒く役目を打ち合わせていた顔触れが、この辺りで待機していたはずだのに。それをもって不審と感じた彼であったのらしく。
【 そのようだが、追っ手もないことだし支障はなかろう。】
【 それはそうだが…。】
 打ち合わせを守らぬとは合点が行かぬと思うてか、表情のない顔、しきりと傾げている最初の甲足軽であり、
【 何か不都合でも生じたかと、先程から連絡を取っておるのだが、この近辺には居ないらしゅうての。】
【 まま その通信機では、さして遠くまでは届かぬからの。】
 生身の人間ならば重宝もしようが、こちとら特殊な性能を持つ耳目をしているその上へ、自分の足であっと言う間に何里も駆けられる機械の身体。その脚力での移動があるなら、あまり意味をなさぬ範囲でしかつかえぬ種の通信機を手にしていた彼らであり、
【 噂の電信とやら、このくらいの大きさの小型機もあると聞く。あれがあればのう。】
【 だが、設置して回っておるとの噂の誰かは、役人側へとまずは融通し、その見返りに何かと便宜を図ってもらっておるとも聞くからの。】
 そちらの筋の人間かどうかはさておき、我らの側へと恩恵回すはずんと先の話だろうさと、片腹痛い話でもするように、吐き出すような口調で言い返し、

 【 特に支障もないのだ、このまま館までを戻ればいいさ。】

 思っていたより楽に突入出来たことの方が、俺には気味が悪いしな。ほう、それはまたどういう風に? 街の警護がやけに手薄だったような気がしたのだ。
【 もしやして、周縁地域への大掛かりな捕り物の手配でも回っていての、そんな案配だったとしたら。利貞らが率いて来るはずの第二陣、そちらの軍勢に見とがめられての、追われてしもうているのやも。】
 そんな言いようになるお仲間へ、それこそ滑稽と、最初に不審がっていたほうの甲足軽がくつくつと笑い出し、
【 だとすれば、早よう戻って姫をば預け、そやつらを助ける加勢に出ねばの。】
【 そのように笑っておれぬかもしれないぞ、土丸。】
 機巧躯であるがゆえの画一された風貌からは、感情の変化なぞなかなか読めないが、一方の声だけが不審な調子を変えようともしないままであり、
【 御前様の立てた策はいつだって周到よ。】
 お気楽な言いようを続ける一方へ、
【 だからこそ、おかしいと言うておるのだ。】
 片やが依然としての不安を鳴らす。
【 こうまでの予定の変更なんてことが、これまでに一度だってあったか? 状況が変わったというならそれはそれで、使いを立ててでもその旨をお伝えくださった。そういった手回しの方でも、常に抜かりない周到な御方ではなかったか?】
【 だからそれは…。】
 御前様の知らぬところでの状況の変動であれば、それは致し方のないことだろうがと。やや辟易して来たものか、土丸と呼ばれた側の甲足軽が、ともすれば吐き出すような言い方で告げてやり、そのままその顎…らしき部分を後方へとしゃくって見せて、

 【 我々としては、この娘を掻っ攫って来ればそれでいいのだし。】

 大柄な自分ら以上に大きめの躯をした鋼筒のうちの1体が、その腕へ無造作に抱えて運んでいるところの人質を指し示す。
【 都合のいいことには気を失のうたままでおる。このまま真っ直ぐ連れて行っても、何ら支障はあるまいよ。】
 手間も面倒も省けてよかったことと、こちらの土丸とかいう御仁の側は、ただただ上首尾と喜んでいるばかりであり。おおと、いいかくれぐれも丁寧に扱えよ? 俺らはこの姫を悪党から救い出した、正義の人のお使いなのだからなと。手下なのだろ、鋼筒へと向かって言い含め、

 【 さあさ、御前様も待っておいでだ。早よう戻って祝杯と行こうじゃないか。】

 陽気な言いようをし、率いて来た手勢をも喜ばせ。一行はそのまま、荒野へと連なる道なり、どんどんと進んで行ったのだけれど。





     ◇◇◇



 鋼筒や早亀に搭乗した者らや、本人のいで立ち自体が既に武装という、黒づくめの甲足軽が何体か。そんないかにも物騒な一行が、追っ手もなしの悠然と、人気のない場末の荒野の取っ掛かりにぽつんと建つ、威容もどこか蒼然とした古めかしい屋敷の姿を視野に入れたが、

 【 …何だか様子がおかしくはないか?】

 先程、合流するはずの仲間がいないと怪しんだ甲足軽が、再び異変を感じたような声を出す。
【 おかしい?】
【 ああ。前庭に誰も出ておらぬ。】
 これほどまであっけらかんと開けた土地だ、向こうからだってこちらの気配は察していように、居残りの見張りもいなければ、

 【 御前様の姿もない。】
 【 そりゃお前、】

 まだ距離もあるのだ、留守番を言い使った子供が親の帰りを待ち兼ねているのと一緒にしてどうするよと。連れの土丸とかいう甲足軽が窘めるような言いようをしたものの、
【 だが…言われてみれば、確かに静かすぎるな。】
 ある意味で凱旋だってのに。そんな高揚に満ちた出迎えがあっても不思議じゃなかろうと、そっちの意味から少々合点がいかない片やの甲足軽。途轍もない速度で翔っていた足を緩めると、背後に率いていた面々へも腕を差し渡す所作にて“静かに構えよ”との指示を出して。幹部格同士なのだろ、先陣に二人がまずはと開かれたままな門を通り、前庭を伺うと、

 【 …なっ!】
 【 利貞っ!?】

 素人目にはどの個体もみな似たり寄ったりにしか見えぬのだが、それぞれが固有の電波でも出しているのか、はたまた電脳感応級の視力にての観察でなら、見分けがつく違いでもあるものか。結構な広さの敷地の中、あちこちへと倒れ伏しての散らばる機巧躯なお仲間のうち、最も奥まったところへと倒れていたのへわざわざ駆け寄った二人。重いだろう鋼の肢体を抱え上げての抱き起こせば、胴を割られての駆動用の燃料がどくどくと漏れ出ている状態であり。それでも、

 【 …つ、土丸か?】

 ざりざりとした雑音混じりの声が立つ。
【 ああ、俺だ。しっかりせよ、利貞。】
【 一体何があったのだ、この有り様はっ。】
 ごろごろと地に伏し、倒れ込んでいるのは、どれもこれもさっきの合流地点で顔を合わせる予定だった連中ばかり。一足先に出た自分らを追い、途中で待っておったはずで。加勢が要りような展開となれば通信でそれを伝えての追いついて来させて手伝わせ。難なく済めば済んだで、追っ手を撒くのと、攫ったこの少女自身への辻褄合わせ、同じに見えるかもしれないが、我々は正義の侍だと言い含め、今逃げた連中からお主を救い出したと言い含める計画の疑似敵として振る舞わせる予定であったのに。合流地点へ来られなかったはずもはず。こうまで見事に叩き臥せられていようとは。

 【 一体どれほどの手勢に襲われたのだ?】

 ほぼ同じ陣営にと割り振ったので、居残りの後陣もまた、甲足軽や鋼筒も混じえた結構な重装備の一群であり、これを…向こうは依然として生身が主体の役人や捕り方どもが襲ったとして、かなりの頭数がいなくては制覇なぞ不可能に違いない。だが、この場のどこかにそんなにも大所帯が息をひそめて隠れているとも思えない。生体感知の機能は息も絶え絶えの仲間たちの気配しか拾ってはおらずで、

 【 御前様は いかがしたっ。】

 建物を素通ししてまでの探査機能はあいにくとついてはない。だがだが、こうまでの騒ぎの後の我らの帰還、無事なら、そして館内ににおわすなら、出て来て姿を見せてくれるが筋だろと、焦る気持ちもそのままに怒鳴るような声にて問いかければ、


  「権中将とやらいう御仁なら、ここにおわすぞ?」


 唐突な間合いと場所からの、よく通る声がした。誰も出て来ない館の、数段ほど上階、物見用の張り出しのところに、誰ぞの姿が現れており。彼らの誰にも見覚えのない存在、荒野から来たっての吹きすぎてゆく風に、長々伸ばしてむさ苦しい蓬髪をたなびかせ。その荒野を彼もまた渡って来た身かと忍ばせる、わさわさと重ね着た白っぽい砂防服の裳裾を重々しくも揺らして。まるで今や彼こそがこの砦の御主ででもあるかのように、それは悠然と立ちはだかる男でもあって。

 【 お主、侍か?】

 どこの誰かは判らぬが、腰に見えるは骨太な意匠の大太刀が一振り。結構な大きさの業物であろうに、それがすんなりと、体の一部ででもあるかのように馴染んでいることへこそ、重々注意を払わねばならぬとの、久方ぶりの警鐘が甲足軽らの頭の中にて鳴り響く。遥か昔、ここからでは見上げても気づけぬほどもの高層圏で。風を切って疾走滑空する斬艦刀という飛行艇を足場とし、生身の体を宙へと躍らせ、鋼の機巧躯を片っ端から斬る伏せていた化け物たちがいた。彼らの台頭のお陰様、機巧躯への改造は、やたらに大きくしての戦艦対応、雷電や紅蜘蛛という究極の出世筋以外のもの、随分と旧式の飛行艇を改造した鋼筒への搭乗や、人体改造は改造でも、等身大と余り変わらぬ甲足軽や完全に頭脳回路だけを移植する格好の兎飛兎という種類への選択も増えて。さしたる手柄はなかったが、つまりはそちらへの人手不足からのこと、あまり気乗りはしなかったのを半ば強制的に勧められた、早い目の改造とやらでこのような身にされたその上、大戦の方があっけなく終わってしまったというクチだって、終戦間際には少なくはなかったのだそうで。

 【 御前様はいかがした。】
 「ご老体なら、ほれ此処に。」

 あれほど矍鑠としていた初老の指揮官も、意識がないか くったり萎えての力なく。その男も、まさかに宙へと吊り下げるほどもの乱暴はしなかったけれど。それでも片腕にての軽々と、軍服もどきの装束の後ろ襟をば掴み上げられた格好は、ともすれば少々情けないほどであり。そんなご老体を指しての、男が連ねたは、

 「御前様が聞いて呆れる。お主ら野伏せりを統括しておる野盗の総帥ではないか。」

 元同じ部隊の者らを消息追って掻き集め。力仕事や警備に護衛との、真っ当な仕事を請け負うてでもおるかと思や さにあらん。
「ずば抜けた機動力を生かして、ここいらを行き来する物資を片っ端から攫っておったというではないか。」
 命令系統をそのまま生かしての連携の見事さは、それこそ警邏隊や捕り方へと転向すればさぞかし重宝がられたであろうに。結句、悪事へ走るしかないまま、

 「とうとう、何の罪もない非力な少女に目をつけるにまで至ろうとはな。」

 何処の誰とは告げぬまま、怪しい存在からの誘いを装い、一座をさんざんに恐れさせ。そんな前振りした上で、派手に攫ったか弱い少女を、鮮やかに救い出しての恩を着せ、街での有力者としての地位固めでも狙ったか。

 「古来からある詐欺師の手管、
  苔の生えてそうな代物を、見抜けぬ顔触ればかりではないものでな。」

 少し乾いた声音を途切らせ、くっと喉奥震わせて。不敵に笑った男がそのまま、馬鹿にされたとの憤慨にいきり立つ間も与えず、見晴らしの足場をとんと蹴りつけると宙へその身を躍らせる。

 【 …っ!】
 【 御前っ!】

 元は斬艦刀乗りで、しかもこれだけの陣営をたった一人で薙ぎ払ったというのなら。ここまでの腕前の存在、彼の方は恐らく無事だろと、理屈じゃあ判っているのだが。そんな彼が…無造作にも後ろ襟のみを引っ掴んでいる存在の方が気に掛かる。結構な高さから風を切って降りて来たにもかかわらず、やはり意識はないままならしくて。彼にもお荷物ではあったのか、手元を細引きという捕縄で括られているそのまま、玄関にあたるきざはしの隅へと凭れさせての据え置いて、さて。同じ高さの土の上という、対等な土俵に立って向かい合い、あらためて視線を見交わしたは、片や…六尺を越そうかという長身に見合った屈強さを、その年頃でも保っておいでの壮年殿。彫の深い男臭い面差しは、だが、決して蛮にも粗野なところや、腹黒そうな狡猾さは微塵にも感じさせず。むしろ落ち着き払った賢者のそれ、奥深いところに豊かな知性滲ませての、いかにも実直そうな古武士の趣き。ともすりゃみすぼらしい古着のような褪めた衣紋をまといし姿は、いっそ…ちょっとした悟りでも開いた仙人ででもあるかのようだが、

 【 ………。】

 腕に自慢、身体も自慢な甲足軽らが、なのに…たった一人の相手へ、すぐさま飛び掛かっての畳み掛けられずにいるのは、何故か。此処の惨状が示すほど、この男が途轍もない練達だということを、今の今、その肌身に感じているからに他ならない。とうの昔に失ったはずの、生身の侍だったころに研ぎ澄ました感覚が。頭だか胸だかの鋼の小箱の奥深く、この男は危険だぞと騒いでやまぬ。生身ならあり得ない反射速度でしかも連綿と、驚くほどの応用利かせ、繰り出し続けるのだろう太刀筋に、何処から突っ込もうと捕まるような気がしてならず。かといって、こうして向かい合ってばかりいたってしようがない。持久戦なら生身じゃあないこちらが有利かと言えばさにあらん。どこかから、

 ―― きぃいぃぃぃ……んんんっ、という

 耳鳴りにも似た金属音が、長く長く尾を引き響いて来たことが、嫌な意味から途轍もなく懐かしい。

 【 …やはり超振動の使い手か。】
 【 くっ。】

 恐るべきは強靭な体力のみならず。気力気概も雄々しく強かな存在であればこそ、その体内での強い強い集中で、気脈に乗せた念じを練り上げ、手にした刀へと孕ませた振動波による攻撃が、どれほどの伝説作って来たことか。里を丸ごと焼き払うほどの威力持つ、本丸級の戦艦が搭載の主砲が放った熱弾さえ、たった一人で弾き飛ばしただの。その戦艦自体をば、ほんの数人で取っ掛かり、あっと言う間に切り刻んでの粉砕して墜としたとか。それほどの能力をもってして、どんな機巧躯さえ恐れるに足らずと活躍したのが、斬艦刀乗りという遊撃部隊であり、同じ生き残り、同じ浪人でも、彼らとこちらでは、正直な話、格が違いすぎるというもので。

 「いかがした。こちらの老爺を取り返したいのではなかったか?」

 余裕があっての笑んでさえいた壮年が、今はさすがに真剣本気。肌に沿うての柔らかな、革のそれだろ白い手套にくるまれた大ぶりな手が、ぎりりと軋み。太刀の柄を巻く側の革、引き絞っての鳴かせつつ。少しほど伏せ気味にした顔の正眼から、きりと睨むは、先頭の二人の甲足軽。奇妙なほどにゆっくりと、その身をそちらへ傾けて。最初の一歩を踏み出すまでが、遅く回した映像を見るかのようになめらかだったが。その後は誰の眸にも留まらぬほどの、速きこと、疾風のごとし。

 「…っ。」

 思い切り勢いをつけて振り下ろされた大太刀の切っ先を、見えてはいても止めようがないように。ザッと大きく踏み出して来た、その壮年の。例えば…進行してくる立ち位置から、退けるものなら避ければいいのに。冷ややかな色合いで真っ直ぐ見据えてくる眼差しの、貫くような鋭さがそれを許さない。気を呑まれての立ち尽くし、あっと思う間もなく傍らを通り過ぎた気配を、何とか意識が追うだけしか出来なくて。

 【 …あ。】

 どこか間の抜けた声が出たのは、片やの甲足軽からのみ。そのまま二人同時に、生き物のそれとは思えないほど無造作な落ち方で、どしゃりがしゃりと重たげな音立てて。大きな手足が真下へ頽れ落ちており。

 「そ、そんなっ。」
 「土丸様っ!」

 信じられない光景へ、こちらはまだ生身の雑兵らが、鋼筒に乗ったままで後ずさり。中でもまだ、操縦席に蓋したままな一体は、その腕へ抱えたまんまな人質があっての狼狽しきり。

 【 そんな、そんな馬鹿なっ!】

 楽勝の段取りだったのに。この少女を盾にして、善人の英雄ぶって街へと迎え入れられたその後は、波風立たない安穏とした暮らしが送れるのだと。そんな風に言われたからこそ加わった仕儀だったのに、何てこと。こちとら あの大戦じゃあ、参戦したのが終盤だったせいもあっての、ほぼ寝る間もないほどの連戦続き。人を斬らない日はないほどの、苛酷な毎日を送らされた身だってのに。それもこれも、こいつら中流以上の侍が、戦さをとっとと終わらせられなかったからじゃあないか。

 【 よ、寄るなっ。】

 音も立てない擦り足での接近。殺気も押さえていただろに、それでもじりと気配がしたのを察したは、こちらもさすがは生き残り組の強かさが、どこかで働いてのことだろか。

 【 この子がどうなってもいいのかっ!
   こんな華奢な小娘なんぞ、あっと言う間にへし折ってしまえ………っ、】

 しまえるとかどうとかと。続けられなかったのは、彼の激しい気概とやらが、いきり立ったそのまま事切れてしまったから。

  ―― 削
(さく)という、小気味のいい音が

 至近にいた者にはくっきり拾えたに違いないほどの、幾筋もの太刀筋が、それはなめらか鮮やかに、虚空に躍っての宙を舞い。

 【 ……なっ。】

 薄い薄い玻璃の膜が、ちょっとした衝撃へ粉々に砕かれての舞い散るがの如く。外装の鋼から、内部配線の色々な束、小さな放電ともない弾けたは駆動系の回線か。その内部に籠もっておったる、操縦者の身をだけ避けてのそれは見事に。鋼筒の機体のみをば、微に入り細に入りと言わんばかりの細かさで、パンと弾けさせてしまった見事な斬りよう。

 「ひぃっ。」

 不意に搭乗していた機体が消えたようなものだので、中にいた男はワケが判らぬまま、真下へ落ちての無様にも、尻餅をついて腰まで抜かしてしまう始末であり。

 「ど、どういうことだ。」

 こちらの壮年からは まだずんと間合いがあったのに。さては触れずとも斬れるという、伝説の遠当ての名手であったか。それにしては太刀さえ動かしていないのが理屈に合わぬ。では、まだ他にも…彼の仲間の侍とやら、どこぞかに隠れての潜んでいたというのだろうか? 何が起きたか、やはり判らずにいた面々の前、飛び散る破砕片を避けるよに、鋭い疾風が幾つか走り、それらを生んだ銀色の切っ先が何とか止まる。そしてすかさず、先程 破れかぶれの啖呵を切った搭乗者の鼻先へ、その切っ先を突き付けた人物こそが、こうまでの早業を示した張本人でもあるのだろうが。

 「……。」

 きりりと冴えたる美貌をそのまま、堅く凍らせたよな無表情は、その身をやつした冴姫に通じてないとも言えないが。頭を覆うは先程までの黒髪にあらず。背に負うていた大弓も、上と下の端がもげての寸が短くなっており。どうやらそこへと仕込んであったのが、今の今、姫が両手に構える双刀一対であるらしいと来れば。判る人にはすぐにも知れる、金髪紅眸の死を呼ぶ胡蝶。たった一人でこちらの留守居、あっと言う間に平らげたまでの、そりゃあ見事な掃討役を担った壮年殿が、そちらは任せたと信じるに足るだけの腕した存在。眸にも止まらぬ勢いで、背に負うていた弓形の鞘から双刀引き抜き、それをば繰り出して自分を抱えていた鋼筒を切り刻んだ腕前は、確かに…普通一般の剣豪がこなせるような、尋常なそれではなかったし。街へと居残り、あの麗しい看板娘の影武者として通すため。敵を欺くためにと演じねばならなかった神技の数々、彼女が得意とする巧みな綱渡りの妙技とやらも。今の早業、いとも容易く披露したこの彼にかかれば、さほど難しいことではなかったに違いない。日頃の彼がまとうそれ、痩躯へ張り付く赤い長外套とは、趣きがすっかり異なるいで立ちだったせいだろか。細い肩や腕へと添うた純白の小袖や、弓に模しての背中へ負うた双刀の鞘が、か弱い存在の決死の武装、そんな装いにしか見えなくて。

 “知己が見たらば、こりゃあ物凄い詐欺だと思うかも知れぬ。”

 こらこら、勘兵衛様。言うに事欠いて、何を仰せか。
(苦笑) そりゃまあ、ご本人の本性はと言えば。百は下らぬ雷電の群れを前にして、怯むどころか喜々として(どっちにしたって究極の無表情ではありましたが)、宙を滑空してって突撃敢行したほどの。そしてそして、猛禽もかくやとの滞空時間を操っての宙を舞い、無駄のない太刀筋であらかたをあっさりと平らげたほどの、恐るべき剣豪でもありはしますが。

 【 う……。】

 たった二人の、しかも生身の存在に。こうまで容易く先手を打たれ、あっと言う間に責め手を塞がれ。ああ後方からは随分な数の飛行音がする。遅ればせながら、彩雅渓からの警邏隊が、追って来ての辿り着いたらしき気配が届く。これはもうもう、こちらの敗北を認めるしかなく、

 【 なんで…あんなにも周到な策だったのにっ。】
 【 お前らのような輩に、何で御前様の完璧な段取りが見破れたのだっ。】

 それはそれは計算され尽くした次第だったのにと、憤慨しきりな呻きが聞こえて、

 「完璧な段取りだと?」

 残った面々から戦意が喪われたことを察したか、ようようと太刀を収めた壮年殿が。残党のうちの誰かしら、そんな言いようをしたのへと、それこそ怪訝そうに片方だけ眉を上げて見せた。
「こうまでの対抗策を、それも作戦執行に合わせてこちらが取れたは、単なる奇遇の鉢合わせだとでも思うておるのか?」
 だとすれば呆れたと言わんばかりの声音、吐息を絡ませての洩らしつつ。

 「お主らのこの塒
(アジト)
  自治区の警邏には、とうの昔に目をつけられての警戒されておったのだぞ?」
 「……っ!?」

 このような辺境の地、それも荒野へ接する外れへ住まうは、そこへの出入りを怪しまれぬため。このようなところに居残るわ、私的に護衛警護の役割をこなしておるためなぞと言うておるらしいが、誰の目にも留まりにくいのが至便であるからに他ならぬ。それが証拠に、お主らに救われたという噂、街へと訪のうた何処の誰からも聞かれないのはどうしてかの? そのような想いをすれば、届け出はせずとも宿の誰ぞかに話すもの。常に襲う側でおったので、そこまでの事情や心理には気づかなんだか?

 「う…。」

 おめでたいにも程があると。彼にしては珍しく、敗者へ鞭打つような言いようをつらつらと並べ立て。さあ、後はその警邏の筋へと任せんとしてのこと、追いついた空艇の幾つかが平坦な草原跡の空き地へ次々停まるを、見守るように眺めておれば、

 「勘兵衛様っ!」

 一際高いお声が上がり、太刀を鞘へと収めたばかりな壮年殿へ、何者かが駆け寄って来た。同乗していたのはお役人や捕り方たちばかりだとは言え、少なくはない衆目がある中から、焦れたように気を立てての、一人飛び出した小さな姿。町から追って来た人々の中に、何でまた肝心なそのお人が紛れていたものか。それだけ案じて下さったということならしい、こたびの敵からの標的だった当の姫君、お冴殿が紛れ込んでいたようで。目立たぬようにとの配慮からだろ、淡い藤色の小袖と臙脂の筒袴という、闊達な若君姿に身をやつしておいでだが、それでも隠せぬ麗しさは。周囲の乾いた風景を圧倒するほど、いっそ罪なくらいに目映くて。そんな可憐な美人が、どれほど案じたか、日頃の大人しさをかなぐり捨てての勢いよく飛び出してくると、やっと収まったばかりという修羅場へ矢のような真っ直ぐさで駆け寄って。彼らの側への一番端境、荒ごとの主役の一人であった勘兵衛目がけ、人目もはばからずに飛び込んで行ったものだから。

 「…おおっと☆」
 「こりゃまた大胆な。」

 街から来た警邏隊の面々にしてみれば、彼女が…人々の注目浴びる立場にいる有名人でありながら、だってのにという落差も激しく、いかに晩生で含羞み屋で大人しいかも重々ご存知で。そんな筈が…あの大胆さ。雄々しくも男臭い壮年様の懐ろへ、衆目の中だというのもかえりみずに飛び込むだなんて。はしたないにもほどがあろう振る舞いだったし、それと同時、そこまでするほどの想いの深さや激しさを、言葉もないまま辺りへ伝えるに、これほど雄弁な所作もなくて。そして、

 「…っ。」

 やはりそれをば目撃してしまった久蔵が、その総身を凍らせてしまったのは。いつもの悋気なんかじゃあなく、強いて言えば大きな衝撃に叩かれたから。ついのこととて視線を逸らしても、

 「おお、何と絵になるお二人か。」
 「ほんに。勘兵衛殿の落ち着きがまた、可憐な娘を際立たせて。」

 周囲のものの声が聞こえるし、それがなくとも…言われずとも、見なくとも、あっさりとその図が脳裏へ、若しくは胸のうちへと浮かんでしまう。こたびの依頼が舞い込んで、当の本人と引き合わされたその時も、他人の風貌にはあんまり関心が向かぬ久蔵でさえ、おやと視線を留めたほど、そりゃあ綺麗な娘さんであったから。花のようとは正にその人のこと。可憐で嫋やかで、しかもしかも…芸事商売にはありがちな、まだ幼いうちから客慣れしての擦れっからしたところがてんでなかった、清楚な少女。姫と呼ばれていたのも頷けるほど、そりゃあ大人しくも粛々としていた彼女であったのを久蔵も知っている。それこそ、男であったれば侍にさえなり得ただろう、真摯で一途な気性をしており。そのくせ、世情には疎いままの純情ぶりを、困ったことよと座長からも案じられていた練達の君。

 「…。」

 ふと、吹きつけた風が去っても何かしらの違和感を頬に感じた久蔵。そうだ、先程の乱闘で、鋼筒の胴を斬ったおり、ほんの1滴だったが駆動油を散らされたのだった。このような不慣れな格好だったから、返り血や飛沫から咄嗟に逃れるいつもの動きが侭ならなかったのだろうと想いが至り。

 「…。」

 向こうは花のような美少女ならば、こちらは文字通りの煤けて汚れた死神で。洗えば落ちるとか何とかいう話じゃあなくの、素養での格差のようなものを感じてしまう。殺伐荒涼とした存在でしかない自分。無愛想だしひねくれてもいる、だのに…勘兵衛に支えられておらねば、およそ人としての生き方もできない半端者であり。これからいかようにも伸びるのだろう、目映いほどの清楚さに満ちた美少女と、腕っ節や屈強精悍な見た目のみならず、実直で義理堅いところもとことん頼もしい勘兵衛と。そりゃあ凛々しくも清々しい者同士の、一幅の絵のような組み合わせであろうよと。誰に言われずとも判っていること、胸を貫くよな現実に、ひしがれたような気分となっておれば。


  「…久蔵。」


 意外な声が意外な距離から聞こえた。

  ………え?

 顔を上げたのとほぼ同時、覚えの有り余る感触、大きな手のひらがこちらの細い顎を難なくひょいと捕まえており、

 「燃料が飛んだか。」

 目や喉は無事か? ああこれ動くな、取ってやるから…と。嵌めたままでいた手套で直接、ごしごしと拭い始める勘兵衛であり。顎にお髭をたくわえたそのお顔も、こちらをのぞき込む眼差しも、間近になった匂いや温みも、彼自身のそれに間違いはなく。でも…。

 「…島田?」
 「?」

 常なら視線だけで話しかけるのに、わざわざ名を呼んだ久蔵だったのを意に留めたのか。向こうからも真っ直ぐに、んん?という眼差しだけを向けられて。その、何ともやわらかい眼差しに、呼びかけておきながら…ついついたじろぐ久蔵で。何をどう訊いたものかと、言葉に迷うと、妙な奴だと苦笑をし、その視線を再びこちらの頬へと据え直す勘兵衛であり、

 “…せっかくのねぎらいを袖にしおって。”

 無粋なことをと思いつつ、されどお顔は…いやさ、瞳は正直なもの。ゆらゆら揺れての落ち着かず。間近まで寄った頼もしい懐ろに素直に掻い込まれたことで、自分のよりも高い肩が作り出す衝立のような稜線すれすれから、彼からは背後になろう向こうへと…その視線をちらりとやれば、

 “……。”

 少しほど寂しげに、未練が払えずこちらを眺める少女のお顔が、久蔵の視野をちらりと掠める。気品があって奥ゆかしくて、一途で無垢なああまでの美少女を、だのにあっさり袖にして。こちらへとすたすた、その足を運んで来た彼であるらしく。

 「? んん?」

 こんの罰当たりめがとの想いを込めて、じいと見上げるこちらをこそ。様子が変だぞ、如何したかと案じている、相も変わらず朴念仁にも程のある壮年殿だったりし。


  “…………ま・いっか。/////////”


 だって、この胸のただならぬ動悸や、頬が熱くてたまらぬ高揚は隠しようがないのだし。人目があったが皆して忙しいだろと勝手に断じ、こちらからも…その雄々しい胸元へと手を延べての掴まって。無言のままの、ちょろっとした甘えの所作を見せたれば。頬の汚れはもう取れただろうに、その手がなかなか外されず。ちょろと見上げりゃ、柔らかな笑みをたたえたお顔が、愛しい君をだけ見下ろしておいで。この壮年殿が朴念仁なのは今更な話で、それらの何が不満であるものかと。今日ばかりは素直に含羞み、口許咬んで。優しい温みを甘受し尽くした紅胡蝶殿であったらしいです。








  〜どさくさ・どっとはらい〜  09.01.08.〜01.12.

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  *珍しくも、新妻の悋気があっと言う間に昇華したお話となりましたね。
   そもそも結構スリリングなお話をと構えたはずなのに、
   相変わらず“何〜んやこれ”という〆めになって すいませんです。

   それにつけても、
   勘兵衛様はいつだって、新妻しか見ちゃあいないってのに、
   こうまで判りやすい振る舞いをしなくちゃ通じてないとは恐ろしい。
(笑)
   ああ、早く春が来ればいいですね。
   あ、いやいや、言い訳なしにくっついていられる、
   寒い季節が続いた方がいいのかな? 。

めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv

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